初参拝(大隅八幡宮)
宮崎から高速を使い約1時間半、大隅八幡宮に到着しました。
車を駐車場へいれ、御神馬で白馬に餌を奉納して、本殿へ。
そうです!
御神馬=白馬は、鹿児島神宮です。


ここで、私の便利ツール『ウィキペディア』で、『鹿児島神宮』を検索してみると…
鹿児島神宮(かごしまじんぐう)は、鹿児島県霧島市隼人町内(はやとちょううち)にある神社。
式内大社(国幣大社)、大隅国一宮。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
かつては「大隅正八幡宮」「国分八幡宮」などとも称されていた。
創始は社伝によると遠く神代とも、あるいは「神武天皇の御代に
天津日高彦穗穗出見尊の宮殿であった高千穂宮を神社としたもの」とされる。
和銅元年(708年)に現在地に遷座され、
旧社地には現在摂社石体宮(石體神社)が鎮座している。
当社の北西13kmの地点には、穗穗出見尊の御陵とされる高屋山上陵がある。
欽明天皇5年(544年)に八幡神が垂迹したのもこの旧社地とされる。
当社を正八幡と呼ぶのは『八幡愚童訓』に
「震旦国(インドから見た中国)の大王の娘の大比留女は七歳の時に
朝日の光が胸を突き、懐妊して王子を生んだ。
王臣達はこれを怪しんで空船に乗せて、
船のついた所を所領としたまうようにと大海に浮かべた。
船はやがて日本国鎮西大隅の磯に着き、その太子を八幡と名付けたという。
継体天皇の代のことであるという。との記載がある。
なお、白井宗因が記した『神社啓蒙』では登場人物が「陳大王」と記されており、
娘の名前が八幡であるとされている。
八幡神は大隅国に現れ、次に宇佐に遷り、
ついに石清水に跡を垂れたと『今昔物語集』にも記載されている。
大隅正八幡の正の字が示すように、鹿児島神宮は八幡宮の根本社だともいわれている。
伝承ではかつて国分八幡と宇佐八幡との間に、どちらが正統な八幡かを巡って争いが起き、
宇佐八幡は密かに15人(14人とも)の使者を遣わして国分八幡を焼かせたという。
その際、燃え上がる社から立ち上る黒煙の中に「正八幡」の字が現れ、そ
れを見て驚き怖れた使者達は溝辺の地まで逃れてきたが、
神罰を受けたのか次々と倒れてその数は13人に及んだ。
その後土地の人々は異境に死んだ者たちを憐れみ、
それぞれが倒れた場所に塚を盛り霊を慰めたが、
その数が13であったことから、そこを十三塚原と名付けたといわれている。
この十三塚原は鹿児島県の国分平野北方にあり、
その北東部には鹿児島空港やこの伝承に基づく十三塚原史跡公園がある。
この宇佐八幡の使者に関する伝承には、上記と内容の異なる伝承が他にもいくつかある。
ゆっくり時間をかけて鹿児島神宮を参拝して、
裏山に稲荷神社(鹿児島神宮内末社)があるので、
山道の階段を上り厳かな雰囲気の中参拝を済ませました。
鹿児島神宮では、携帯用カードお守り(馬く行く=馬9頭)を購入しました。
その後、加治木饅頭を購入して、車で約20分の所にある城山公園へ。
高台の公園にはタワーがあり、国分の平野・鹿児島湾・雄大な桜島の景色を堪能して、
観覧車に乗り、高低差日本一のゴーカートにも乗りました。


この公園は、お子さんからお年寄りまで楽しめると思います。
芝生もあり、ピクニックにも最適な場所です。
何よりも、この景色の良さには感動しました!
宮崎から高速を使って1時間半の場所にある城山公園、
是非お勧めしますので行ってみてください。
それでは、良い2025年4月をお過ごし下さい。
※ 本日は水曜日のため、日髙本店・日髙本店プロショップともに店休日となります。
本日のひと:緒方(日髙本店プロショップ 勤務)
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