彼女の大切な時計
年配の素敵なマダムが、
その方の雰囲気には少し不似合いな腕時計を修理にお持ちになりました。
針は動いておらず、黒いクロコダイルの皮ベルトはよく使いこまれ、
ところどころ擦り切れています。
依頼は、
「この時計を動くようにしてほしい」
「同じような皮ベルトを新調したい」
という事でした。
古い時計の場合、修理ができないこともあるとお客様にお伝えした上で、
メーカー修理をすることになりました。
幸い日髙本店で以前取扱いがあり、
現存する歴史あるブランドのものだったので可能性に望みをかけることにしたのです。
少しずつお話を伺っていくと、やはり、
その時計は亡くなったご主人が愛用されていたものでした。
どんな時も着けていらっしゃったその時計を、
蘇らせてご自分で使いたいと思ってると教えて下さいました。
時計はモノですが、使う人が大事にすればするほど、
ただの物体ではなくなりますね。
想いを載せることもできるし、魂が宿ることもある。
このマダムも、きっとその時計で、
いつもご主人を近くに感じることができることでしょう。
連続した時間の中で、ひとつの時計が、
ある時はご主人の腕で時を刻み、受け継がれ、
次は奥様の腕の上で時を刻みだす。
時計が二人を繫でいます。
1ヶ月ほどして時計をお受け取りになり、
ご自分の腕に着けられた時のあの柔らかな表情が忘れられません。
時計や宝石に想いをのせて受け継ぐ、
それがどんなに大事なことか実感できた出来事でした。
祖母が愛用していたロンジンとモンブランは今は私の手元に。
